これはまだ診断を受ける前の話です。
タクミさんは診断のための受診を渋っていました。
タクミさんは「発達障害」というレッテルでさらにつらい思いをするんじゃないかと不安だったのです。
「あなたが左利きだとして、今は右利きの世界で生きているからとても大変なのよ。左利きだということがちゃんとわかれば、いろいろな対応ができるから今よりずっと楽になると思うよ」
「左利きという診断を受けたら右利きに矯正されるんだろう? 左利きのほうが自分らしい人生なのに、それはすごく不幸せだ」
「そうじゃない。あなたが左利きだってわかったら、左利きのハサミを使えばいい。今までハサミも使えないのか!って思われていたけど、そうじゃなくて単に左利きなのに右利き用のハサミを使っていただけ、ということがわかる」
「…でも全部に左利き用の道具があるわけじゃないだろう。その場合やっぱり右手でやらなきゃいけないんじゃないの」
「あなたが左利きだということがちゃんとわかれば、同じように左利きの人の話を聞くことができる。駅の改札をとおっていつも引っかかるのはなぜかとおもったら、左側のスイカをタッチしていたからだった!ということがわかる。手をクロスして右側のスイカをタッチすれば普通に通り抜けられるよ、ちょっとテクニックがいるけどね!ということを教えてもらえる」
「左利きっていう診断が出ないかもしれない」
「そうね、ハサミを使いづらい理由は近眼だからかもしれない。改札を通れない理由はスイカがチャージされていないからなのかもしれない。だから診断を受けたほうがいい」
「左利きのハサミを使いたくない場合は?」
「あなたが何に困っているかをちゃんと伝えるのが大事で、生活でまったくハサミを使わないのに左利き用のハサミをもらったって何の役にも立たない。毎日車で通勤するのにスイカチャージしたって仕方ない。全部を矯正する必要はないよ。困っているところだけ助けを借りればいいと思う」
伝わったのか。伝わらないのか。
タクミさんには例え話が届くときと届かないときがある。
ここからしばらくして、タクミさんはクリニックの扉をたたくことになります。